嫉妬/事件(アニー・エルノー)

自分の中に生まれた化け物を、緻密に書くという行為で捕獲し自分から切り離そうとする経緯を見ているような読書体験。
ガンの名医による執刀を見ているような、そんな体験。
元々自分の組織からできて今は自分を苦しめているものを、自分本体を残すために切り離す、そのためには、形のない化け物の全体像を、細かく細かく輪郭を捉えていくことで見ていかないといけない。そして、病理を残さずに自分本体と切り離してしまう大胆さが必要。そういう技を見せられている気分で、私小説にありがちな気恥ずかしさというのがまるでありません。

嫉妬と中絶という、病に冒された内臓のようなテーマを、無菌状態のステンレスの手術台の上で見せられるような体験なのです。

その執筆という執刀の様子、それはときに本当に息をこらしてメスを入れるような臨場感に溢れているのだけれども、それ自体が読み物としての緊張の糸になっています。私は、主人公の行動の細かい部分に反感を覚える箇所も多々あったのですが、それは、自分自身でもそういうところがあるからこそ、そう思うのだと、ハッと感じました。その事実を客観的に見つめる機会になっていることに大きな意義があったと思います。インタビューを聞いているだけだったら、表面的なものしか受け取れなかったかもしれません。ひたすら手術の様子を見せるような、ホラーサスペンス的な超一級の読書体験の中だったからこそ、直視できたのだと思います。