20.会話する

会話できるのが普通だと思わない方が良いです。同じ日本語を使っていても、言葉の定義が違っていたり、我こそが正義と思っている人とでは、会話は成り立ちません。意外と、安心して会話できる人って少ないものです。

人間関係に疲れてしまうのは、会話をしていたつもりが、知らず知らずのうちに自分が自分ではなくなってしまっていたり、自分は相手にとって壁打ち練習の壁でしかなかった、ということもあります。その逆もあります。そんなとき、人は人間関係に疲れた、と言うのではないでしょうか。

何気ない会話、というのはとても些末なことのように言われますが、それができたなら、それは言葉以上のものでつながっているからだと思います。それはとても尊いのだと、それは人生のキャンディなのだと、もっと味わいたいと思うのです。